知らない番号 01



「ん?」

体に伝わる僅かな振動。何事かと思考をめぐらせればすぐに思い当たるものがある。
掌に収まる小さな長方形の機械。誰もが持ち歩く文明の利器だとしても使用頻度が低い自分にとっては無用の長物だとたかをくくっていた。が、しかし。今、現に鳴り響き、震えているのは間違いなくそれだろう。

「…?」

一度鞄をベンチに置き、中を漁る。漁るというほど乱雑にはモノをしまないから、それはすぐに見付かった。カバンの中、ポケットのひとつ。必要なものを入れると、取り出しにくく使うことがすくな箇所。

鳴り始めてから気づくまでの時間と、気づいてから取り出すまでの時間。
合わせれば結構な時間が経っているだろうに、その携帯はいまだなり続いている。
画面に表示されているのは、11桁の数字だけ。
登録していない電話からの着信はなるべく取らないほうが良いと、部の先輩に言われたのを思い出す。
しかし、そんな危機感は携帯を使いこなしていない自分への自覚と、なお震え続けている携帯電話を見ていればすぐに解消された。
大方テニス部員の誰かが又聞きしてかけてきているんだろう。この前もそんなことだあった。
だから、特に気にすることもなく通話ボタンを親指で押して携帯電話を顔に添えた。

「はい」
「ふむ…俺が電話をかけてから取るまでに2分14秒かかった。お前が携帯をマナーモードに設定して鞄の中、しかも特に必要としないであろうものを入れる箇所にしまっている確立は極めて高い」
「…………」

切ろうか切るまいか悩む。切ったら切ったでまたかかってくるだろう事は容易に予想がついた。しかも、今しがたのような口調で自分の心理変化なんかに関することをいちいち説明されそうだ。

「………なんであんたが、俺の携帯の番号を知ってる」
「ああ、重要な質問だな。個人情報の保護については…」
「答えろ」
「…まぁ、先に失礼を働いたのは俺のほうだからな、答えよう」




兎にも角にも、その日の立海大付属の三強のひとり、柳からの電話はその夜、俺を悩ませることになる。

なぜあの人からかかってきたのか――少し会って話したいことがある、と言っていた。
話したいことってなんなんだ――聞いたとしても損失はないだろう、利益があるともいえないが、と言っていた。
わざわざかけてきたんだ、電話で話せばいいじゃねぇか――いや、出来れば会って話したい。しかし会いに行けば、お前に迷惑がかかるだろう。だから聞いたのだ。

答えを用意していたかのような口ぶりに、少しの苛立ちと懐かしさを覚える。苛立つのは、結局会うことになるんだろう、とお互いに分かりながらも続く会話に。懐かしさは、なんてことはない同じようなタイプの人間と電話をしたことがあるからだ。
明確になったことといえば、無理を言って青学に通う幼馴染に電話番号を聞いたこと、日曜日の午前中から会うと約束したこと、それだけだ。

明日も朝は早い、早く寝付かなければと布団のなかで丸くなった。眠りを邪魔する思考に小さく溜息を漏らしたときに、俺の今の悩みの根底にあるものが俺を呼ぶように震え始める。

「………」

一日に二度も鳴るとは、珍しいこともあったもんだ。そう思いながら手を伸ばし画面を確認する。
おや、と思った。当然だ、見覚えのある数字なのだから。

「もしもし」
「登録はまだ済ませていないようだな」
「………」
「まぁいい、方法を知らないのであれば、明日にでも貞治に聞いて登録してくれ。桃城のほうが早いだろうが…貞治のほうがいいだろう」
「………」
「しかし貞治に聞けば、あいつであろうとも色々聞いてくるだろう…気にすることはない普通に答えてくれ、いずれにせよ俺のところに連絡が来ることは間違いあるまい」
「………」
「肝心なことを聞き忘れていた、好物はなんだ?昼食や夕食で食すもので、だ」
「………とろろ、蕎麦」
「なるほど、わかった。ではまた日曜に」
「……はぁ」
「寝ようとしていたところ失礼したな、またかけるから明日には登録しておくといい、おやすみ」
「……おやすみなさい」

通話の終了が表示された携帯電話を枕元に放り、もう一度布団の中にもぐりこむ。
目を閉じれば、闇が深くなっていくのを感じた、ああ、直、眠くなる。


寝る前に脳裏に浮かべようとしたのは、今電話をかけてきた人物。しかし、あの人の顔を思い出そうとすると、自然とお世話になった先輩の顔に変わっていく。理由は分かっていたけど、自覚する気はない。もう、捨てたのだから。



NEXT