05.君の全部を僕にください



「…辛いんだ。俺は、お前を…間違いなく、愛してる」

大義名分を失うことが怖くて怖くて仕方なかった。
それを失うことと、このまま痛みを受け続けること。

どちらも途方もなく、辛いことに思えた。
だから、吐露するように言ってしまった。

引き返せないことはもう、明確で。
中途半端な痛みよりも、失う痛みを選んだことだけは。

後悔したくないんだと心の中で叫ぶ。

「アンタ、馬鹿だな」

低い声が、俺の中心を刺し貫く。
あきれているのだろうか、軽蔑しているのだろうが。
俺が先に根をあげたことを喜んでいるのだろうか。

立ち上がり、去ろうとする様子を見ることもできず。
俺はただただ、こぶしを握り締めた。


「早く言えばよかったんだ、アンタ馬鹿だ」
「…海堂…?」


頭に乗った手のひらは存外優しく。
見上げれば、初めて見る頬の赤み。

「俺が、勝ちとか負けとかで、あんなことさせるかよ」
「え…あ…」
「アンタ、馬鹿だ」

ふさがれた唇。
首に回された両腕。

戸惑いとか驚きとか。
もうどうしようもなくて。

そんなときに、分かることはひとつで。
この腕を、初めて、戸惑うことなく、彼に伸ばすこと。

細い体をしっかりと抱きとめること。

少し長めの口付けが終ったときに。
ずっとずっと言おうと思っていた言葉を言おう。

君の全部を僕にください




FIN