知らない番号 02




日曜の午前。東京の駅で空を仰いだ。真っ青な晴天。降水確率は10%、湿度も低く、吹く風は少々冷たいが、秋晴れというにはこれほど適した日はないだろう。トレーニング日和のこの良き日に、彼を呼び出したのは間違いだったろうか。
そう思いながら時計を確認する。

待ち合わせ時間まで、残り15分。さすがに早く来すぎただろうかと、顎に手を当てて思考をめぐらせる。彼に変なプレッシャーを与えないだろうか。自分の格好はどうだろうか、なるべくカジュアルな格好を選んだが変じゃないだろうか。固すぎて彼を緊張させてしまわないだろうか。
ジャケットの胸ポケットに入れていたハンカチを取り出し、ズボンの尻ポケットに入れなおす。

ぽんっと尻ポケットを軽く叩き、ふと笑みをこぼす。
俺は何をこんなに動揺しているのだろうか。

不意に視線を捉える人影が、人ごみにまぎれて改札を出てきた。
大きめの歩幅で歩く彼を観察するように上から下まで観察してしまう。少しの風にもなびく黒の髪、すらりとした立ち姿、無駄をそぎ落としたような筋肉質でいて細さを感じさせる体躯。貞治と二人三脚で作り上げられてきたものかと思うと、早くなる胸の鼓動を感じる。
なぜこうも彼は自分の視線を釘付けにするのだろうか。初めてそう疑問が湧いたのはいつだったか。思い出せば自分を追い詰めてしまうだけだろう。

彼がこちらに気づく。見るものを切るような鋭い視線。どきり、と胸が跳ねる。
目の前に立ち、軽く頭を下げて挨拶にする様子。膝が落ちそうになる感覚を覚える。


「うっす」
「…よかった」
「…は?」
「待ちぼうけを、食らうかと思った」
「約束は、守ります」
「ああ、知っているさ」


集められる限りのありとあらゆるデータを集めて、プロファイリングしつくした彼が今目の前にいる。それでも、声も視線も表情も仕草も、どれもこれも想像以上で、自慢の冷静さが崩されていくのを感じる。手を伸ばして触れてしまいたいと衝動が訴えかけてくる。その髪に唇に首筋に。それでもなんとか理性がそれを食い止めてくれる。幸か不幸か、醜態を晒し、彼に軽蔑されるのだけは免れることが出来るだろう。


「あの…」
「ああ、そうだ…話しの前に、付き合って欲しい場所があるんだが」
「はぁ」


怪訝そうな表情を浮かべる彼をつれて町を歩く。斜め後ろを歩く彼の気配から意識を離すことが出来ない。気づかないうちにどこかへいってしまうのではないかと、時々振り返ってしまう。その度にまた怪訝そうな表情を浮かべた彼と目が合い、少しだけ胸が締め付けられる。


「おい」
「…なんだ?」
「そんな確認しなくても、逃げたりしねぇ」
「……そうか」


立ち止まって真っ直ぐと形容するには何も問題がないだろう瞳と視線を俺に向けて、そう言うと彼は俺より先を歩き始める。目的地を知らないだろう、と言うのは簡単だったがその後姿が前にあることにこんなに安心感が生み出されるのかという驚きと喜びに震えながら、交わす会話の一つ一つを頭の中でリピートする。

高揚していく気持ちを抑えて、凛とした彼の表情を斜め後ろから伺った。
できれば、笑顔が見たいな、と。今日の目標を掲げながらもう少しだけ彼の傍に歩み寄った。






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